過日、はからずも松下順一氏の山の絵を鑑賞する機会があった。
いつもの癖で入口に立って会場をぐるっと見渡した。“辻まことの絵に似ているな”と思った。
一点一点の絵を見ていて、若い女が滝壷で水浴びしている絵の前に立ったとき、まぎれもない辻の世界だと頷いた。辻の絵ならば、この女性は妖精である。
私が辻まことを知ったのは三十代の初め頃で、その頃山歩きに夢中であった。
山を縦に登るよりも横に歩くのが好きで、串田孫一に憧れていた。
そんな折、昭和三十四年、辻まことの「山からの絵本」が出版された。
限定百部、帙入りのすてきな本で口絵に原画が一点挿入してある。
それまで辻潤は知っていたけど、息子のまことは知らなかった。
私がどうしてこの本のことを知ったのか、今となっては分からない。ただそれ以後、辻まことの世界に虜となった。
辻まことは自らを「なんとなく絵描きに近い職業」と言っているが、画壇や文壇からは遠いところに身を置いている。大きな孤独感を抱えながら、それでいて人間味たっぷりなところは西行法師に相通じるものがある。
そういえばかつて吉野の奥に西行庵を訪ね、濡れ縁に腰かけて、しばし蝉しぐれに耳を傾けた。
“お金はいらない”不意に西行と辻まことが結びついて、私は白昼の孤独感にひたった。 |
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