マイブック
『ナチュラル・ウーマン』の『裏ヴァージョン』 NHK文化センター米子教室 小説・エッセイ講座講師 (早稲田文学新人賞受賞)
松本 薫

 ひさびさの小説ということで何かと話題になっている松浦理英子の『裏ヴァージョン』だが、同性同年代にして書くことに執着しつつ裏切られている身としては、「面白い」とか「うまい」とかいう以前に、身につまされて困った。もう若くはない女が、家庭でも男でもなく同性の友人を求める切なさや、小説家になり損ねたという主人公の明るい痛ましさに、つい作品との距離を忘れてしまう。
 女性どうしが、不器用な激しさで互いを求め合うという展開は、過去の『ナチュラル・ウーマン』を髣髴とさせるものがある。彼女の小説でいちばんヒットしたのは、おそらく『親指Pの修業時代』だが、私にとっての松浦理英子は、何よりも『ナチュラル・ウーマン』の作者であった。レズビアン的な性愛が、日本の風土の中で、あれほどストレートに、しかも緊張感をもって描かれた作品を、私はほかに知らない。レズビアンはかつても今もマイノリティーな存在だし、松浦理英子が好んでそうしたものを対象としてきたのは確かだが、マイノリティーを描くのだという気負いや自意識すら、『ナチュラル・ウーマン』にはなかった。だから強くて切なかった。
 そのときから私は、あまたいるであろう松浦理英子ファンのひとりになってしまった(美形でもあるし)。
ところが彼女は、なかなか小説を発表しない作家でもあった。
 『ナチュラル・ウーマン』から十三年、『親指P』から七年、待望ともいえる新作に惹き寄せられつつ、しかしどこか一抹のさびしさをも、私は感じている。それはこの小説の、短篇小説のやりとりを介在させることで、ふたりの関係を進行させていくという、それ自体じつに巧みな構成によるものなのかもしれない。『ナチュラル・ウーマン』で二十二歳だった女たちが、生きることの苦渋を味わって四十歳を迎えたとき、何かを介さずに向き合うことはもうできないのだと、そんなふうに読んでしまうのだ。
だから私にとってこの小説は、『ナチュラル・ウーマン』の『裏ヴァージョン』でもあるのだが、しかしそういうところも含めて、やはり身につまされてしまうのだから困ったものだ。

 













 「裏バージョン」 松浦理英子 
 筑摩書房 ¥1300(税別)